”手づくり”、”丹精込めた”、”手間をおしまない”、”心を込めた”、”熟練技”、”伝統の”、”巧”、”厳格な品質検査”など、作りのうまさを宣伝アピールするフレーズをあげればきりがありません。「良い作り」を言葉で説明すると次のようなことでしょうか。
・作業の細部に手抜かりがない。
・耐久性に優れ頑丈である。
・宝石、地金などの原材料の特性を考え素材の良さを最大限引き出している。
・お客様の使用感、装着感に配慮している。
・目的のデザインとそのコンセプトが正確に表現されている。
・不必要に地金を磨耗させていない。
「良い作り」とは、一般的に技術的に優れた面が注目されますが、一流ブランド品であろうが、著名なジュエリーデザイナーの作品であろうが、いかなる高価なダイヤモンドや材料を使用しようが、その製造をまかされた職人の心に、お客様の立場になって行動する姿勢が欠けていたならば絶対に「良い作り」はできません。
ジュエリーの製造工程は「原型作り」→「キャスト」→「仕上げ」に分けられます。溶かした金やプラチナを原型で型取った石膏に流し込んで鋳造することを「キャスト」といいます。「キャスト」が終わった段階(キャストあがり)では、プラチナのリングも色が黒ずんでおり、表面もザラザラ、デコボコしています。 この「キャストあがり」にヤスリなどで磨きを入れ、ダイヤモンドを石止めし、リングの内側も外側も鏡の鏡面のようにする「仕上げ」と呼ばれる作業へと流れていくわけです。
家の建築に例えるならば、「キャスト」は土台の基礎工事で、「仕上げ」は内外装工事といえます。
実は、すべてのジュエリーの作りの良し悪しはこの「キャスト」の出来で決まるのです。「キャスト」には、職人の誠実さが問われる大きなポイントがあります。
”す”(鬆)と呼ばれるものをご存知でしょうか?
”す”(鬆)を辞典で調べますと、「だいこん、ごぼう、鋳物(いもの)、等の内部にできる細かなすきま」とあります。鋳物(いもの)は、「金属をとかし、型に流し込んで固めたもの」と記されています。”す”は鉄鋼、造船、自動車、機械部品そしてジュエリーなどの鋳物に空気が入り込む事により発生します。温度、気圧、湿度、素材などが関係しているのですが、現在のところ予防策はなく、鋳造時の”す”の発生を完全に防ぐ事はできないのです。
ブライダルリングのキャストで発生する”す”は”ごます”と呼ばれる針で刺した点の集合体のようなものです。リングの表面に発生した”ごます”はすぐにわかりますが、リングの内部がやられている場合もあるので厄介です。
”ごます”が発生した場合、職人は「キャスト上がり」の検品で確認し、程度や状態がさほど悪くなければ「仕上げ」にまわします。キャストをやり直すということは、手間ひまがかかり、費用もかさむので、製造者の誰もが避けたいところなのです。
状態にもよりますが、表面部分は、「仕上げ」である程度消す事ができるので、たいていの場合、仕上げ職人の腕に頼ることになります。何も問題のない「キャストあがり」に「仕上げ」をするのであれば、職人の腕の差はあまりわかりませんが、このようなトラブル品の修正を手がける時、職人の腕の違いが明らかに出ます。 腕利き職人の技術は見事なもので、寸分の狂いなく修正します。完成品を見て”ごます”があったなどとはまったくわかりません。
”ごます”を腕利きの職人に消されたブライダルリングは、購入されたお客様の名前が書かれた袋に納められ、何事もなかったように工場出荷の検品を待ちます。その見事な仕上がりを、ため息をつきながら、羨望のまなざしで覗き込んでいる若手の職人の姿はどこのジュエリー工場でも見られます。
リングの表面を上手に修正しても、リングの内部には古スポンジの穴のような”ごます”が無数に残ります。一度”ごます”の発生したリングは、外見を完璧に修正しても内部の”ごます”により、強度や耐久性が著しく劣ります。また、使用していくうちに表面の光沢や輝きがが損なわれやすくなり、せっかくのプラチナも台無しです。
派手な演出や高級そうなイメージといった、見せかけや一時の雰囲気とはまったく関係のない作り手の真摯な姿勢が最も大切なのではないでしょうか。